
平ヶ岳について
所在地:新潟県・群馬県
山系:三国山脈
標高:2,141m
選定:日本百名山

平ヶ岳は尾瀬の北西方面、新潟県と群馬県の県境に位置する日本百名山の一座。福島県側の檜枝岐や新潟県側の銀山平といった秘境の更に奥に聳え立つ深山です。奥地の山であることに加えて山中には小屋が無く幕営も禁止されており、往復10時間超のロングルートを日帰りで歩く必要があるため、百名山の中でも日帰り難関の山として知られています。

平ヶ岳の名の通り平坦で開けた山頂部に広がる高層湿原が特徴で、高い木が少ないため展望にも優れています。長く続く登山道を越えた先に待つ、見渡す限りの湿原と池塘群、そして遥かに連なる山々が織りなす景色はまさしく天上の楽園です。
秘境平ヶ岳登山の歴史
上越国境に位置する奥地の山なだけあって登山対象としては新しい山であり、1916(大正5)年5月に高頭仁兵衛氏(日本山岳会二代目会長)が山岳会機関誌の『山岳』に寄稿した「平ヶ嶽登攀記」によって登山者に知られるところとなりました。この登山記録では5泊6日の日程で銀山平の浪拝という集落(現在は奥只見ダムの底に沈んでいる)から只見川を遡って大白沢の不動滝を経由して山頂に至り尾瀬沼の長蔵小屋に下りたと記されています。これは現在の登山道が通る台倉山の南面に東から切れ込む谷から平ヶ岳東面に直登するルートらしく、現在でも沢登りでは歩かれることがあるようですが一般登山道はありません。

「平ヶ嶽登攀記」は青空文庫に所蔵されているので誰でも無料で読むことが出来ます。
一般に知られていない山であった平ヶ岳の情報収集の段階から、夜行列車や軽便鉄道(一般の鉄道よりも簡易な規格で作られた小規模の鉄道を指す。登山者には「下ノ廊下」の玄関口として知られる黒部峡谷鉄道など3路線が現存。)、馬車を乗り継いだ後に銀山平へ歩いたという旅程に至るまで詳細に記されており、大正時代の山旅がどのようなものだったのか窺える興味深い記録ですので是非読んでみて下さい。
青空文庫のリンクはこちら→平ヶ岳登攀記
その後奥只見ダムの建設に向けて「奥只見シルバーライン」が開通したのが1957年、奥只見ダムは1960年に完成しました。ダム完成後には深田久弥氏が奥只見湖を船で渡り北の二岐沢から池ノ岳に登り詰めて4泊5日の日程で平ヶ岳に登っています。
ここまでは沢登りや藪漕ぎが必須であり登山道の無い上級者向けの山であった平ヶ岳ですが、1965年に鷹ノ巣ルートが一般登山道として初めて開かれ、1972年には銀山平から檜枝岐村に繋がる道路が開通すると新潟県、福島県の両側から自動車でアクセス可能となり登山者に広く門戸が開かれることになりました。
そして1986年、当時の皇太子殿下が平ヶ岳を訪れた際には中ノ岐川沿いの林道が整備され中ノ岐ルート、通称プリンスルートが開かれて現在の東西2本の登山道が通る形となりました。こうして平ヶ岳は秘境の山としてその名を高め、全国から登山者が訪れるようになりました。
名山として知られる山には古来より親しまれてきたものが多い中で、100年ほど前までは知られざる山であった平ヶ岳は、近代登山文化の発展とともに山岳界の先駆者によって登山対象として開拓され、人々にその名が知れ渡ることになったという点において特筆すべき山といえるでしょう。
鷹ノ巣ルートについて
秋の平ヶ岳(鷹ノ巣登山口ピストン) / 白雀さんの平ヶ岳・下台倉山・池ノ岳の活動データ | YAMAP / ヤマップ
平ヶ岳の一般登山道は東の鷹ノ巣ルートと西のプリンスルートの2本です。鷹ノ巣ルートはコースタイム11時間の長丁場であるのに対し、プリンスルートは6時間と大幅に短いですが、マイカーの乗り入れが出来ず銀山平の宿泊施設からの送迎が必須となっています。
今回は鷹ノ巣ルートで山頂を目指します。マイカーで鷹ノ巣登山口まで向かったのですが、道路工事により国道352号の檜枝岐より先への道が朝5時まで通行止めになっていたのでスタートが20分ほど遅れてしまいました。山中の道なので交通情報はしっかり確認して行くべきだったと反省です。
出発前に福島県通行規制情報と新潟県通行規制情報の確認をお忘れなく。また国道352号線は冬季通行止めが実施されます。晩秋や春を狙って登るつもりの方はご注意ください。
紅葉の時期かつ雨の日の後だったので車道には落ち葉が大量に積もっていてかなり道幅が狭くなっており、すれ違いに苦労しました。厚く積もった落ち葉を車で踏むとスリップするおそれもあるのでマイカー利用の方は注意してください。

登山口の駐車場は一部舗装されていて20台ぐらいは停められそうです。路肩にもスペースがあるので満車の場合はそちらに停めることもあるようです。駐車場そばにバイオトイレが整備されているので登山口で済ませていきましょう。
日帰り登山としてはコースタイムが長いので時間管理とペース配分が重要です。出発が少し遅れたのもあって、日没までに下山できるようにペースや休憩時間をいつも以上にシビアに管理しました。一本道で技術的難易度も高くない山ですが雨上がりということもあり足場が良くない部分があったのでペースを上げるのに苦労しました。

下台倉山へのヤセ尾根は足場こそ広めですが左右が切り立っているので下りの疲れたタイミングには特に注意が必要。暑い時期は陽を遮る物がないので一層厳しい道のりになるようです。
台倉山から白沢清水辺りの木道は前日までの雨で湿っていて滑りやすく2回ほど足を取られました。笹藪や低木で見通しが悪く早めに通り抜けたい箇所であるにも関わらず中々ペースを上げられずフラストレーションの溜まる区間でした。
一方で池ノ岳から平ヶ岳は湿原のため水が溜まっている場所こそあるものの全体的に歩きやすかったです。平坦な山頂を散策しつつ体力を回復して下山に備えるようなイメージです。
池ノ岳から西に連なる尾根の端には「玉子岩」と呼ばれる奇岩が立っています。一塊の巨岩の胴部が抉れて台座に玉子が立つような形になったものです。池ノ岳から1時間程の寄り道になりますが平ヶ岳の名所なので是非見ていきましょう。残念ながら今回は見損ねたので写真はありません。
紅葉見晴らすヤセ尾根を歩く

朝の鷹ノ巣登山口です。5時の通行止め解除まで檜枝岐で待機して、朝一に車を飛ばして来ました。現在時刻は6時、元々日の出を待って登り始める予定だったのでそこまで遅れずに済みました。昔はこの鷹ノ巣のあたりにも集落があったらしいですが今はそんな様子はなく、人の気配は駐車場に停まっている車ぐらいのものです。

急いで準備して登山開始です。駐車場わきの舗装路を進んでいきます。

しばらくは岩っぽい林道歩きです。うっすら轍があるので作業用車両が通る道でしょうか。


川を渡って森の中へ入っていきます。麓はまだ紅葉が始まったばかりのようです。

森の中で急な登りが始まります。ここから尾根へと高度を上げていきます。

木々の影に稜線が顔を覗かせます。上の方は紅葉が進んでいそうで期待大です。向こうに見えているのが下台倉山、鷹ノ巣ルートで最初に到達するピークです。下台倉山から台倉山に連なる稜線が目の前に広がっているため、あの上に辿り着くまで平ヶ岳は全く見えません。つくづく遠い道のりです。

深い森を抜けて見晴らしが良くなり、オレンジ色に染まる尾根も近づいてきました。

振り返れば朝日が眩しく照らしています。東の空は快晴で今日は天気に恵まれそうな予感です。

最初のロープ場です。尾根上は日当たりが良いので岩が乾いていて歩きやすいです。雨だとちょっと大変かもしれません。

足元がゴツゴツとした岩場に変わりヤセ尾根歩きの始まりです。この尾根を写真右奥方向へ辿っていくことになります。紅葉のグラデーションが綺麗で見ていて飽きない風景です。


左右が切り立った場所や一枚岩のロープ場など変化があって楽しい道のりです。

高台に出たので来た道を振り返ります。稜線に朝陽が照らし込む幻想的な風景が広がっていました。どこを見ても山しか見えないというのがまさしく秘境の景色ですね。

下台倉山を正面に捉える位置まで来ました。ここからはひたすら真っ直ぐ山道を上がっていきます。

道は再び森の中へ。土がかなりえぐれていて歩きにくいです。ところどころ木の枝が張り出してきているので頭上にも注意していきます。

森を抜けていよいよ登り切ったかな。

と思ったら下台倉山はもう一つ向こうでした。もう少しと思えば思うほど遠くなる山道の不思議。

岩場を越えて今度こそピークはすぐそこです。
色鮮やかに染まる台倉山の道

下台倉山到着。山頂標がお辞儀で迎えてくれました。顔を上げてもらおうと押したり引いたりしてもビクともしませんでした。

ここから台倉山まで起伏の少ない稜線沿いを辿っていきます。しばらく足を休められそうです。

紅葉に染まる台倉山の鮮やかな稜線、そして右奥に見えるのが平ヶ岳の山頂です。尾根を登り切ってようやく姿を現すニクい奴です。

山肌を染める赤と黄色の紅葉、そして稜線沿いに立ち並ぶ緑の針葉樹。こんな絶景が台倉山に至るまで続きます。

南東側に開けた見晴らしのいい道を歩いていきます。向こうに見えるのは福島県最高峰の燧ヶ岳、青く霞む姿が神々しいです。

鮮やかな紅葉が青空に映えます。晴れてくれて良かった。

樹林帯を何度か通り抜けていきます。森の中も黄色く染まって綺麗です。

鮮やかな緑と赤と燧ヶ岳。

赤い山肌と燧ヶ岳。歩くたびに風景が変化していくのでついついカメラを構えてしまい足が進みません。

東を見渡せば稜線がいくつも重なり合った先に朝日駒山塊がどっしりと構えています。

台倉山の山頂に着きました。広場になっているのでここで休憩するのも良さそうです。今回は時間が無いので軽く景色を見て先に進みます。
木道と笹林を抜けて池ノ岳へ

台倉山から先はしばらく森の中です。平ヶ岳や池ノ岳が木々の隙間から見えたり見えなかったりもどかしい感じです。

深い樹林帯に入り木道をひたすら歩いて台倉清水まで来ました。木道自体が若干傾いている上に、昨日までの雨と落ち葉で非常に滑りやすくて歩きにくかったです。2回ぐらい尻餅をつきながら駆け抜けました。

笹藪や低木の密度が高く見通しの悪い道が続きます。こういう道は熊と突発的に出会うおそれがあるので注意深く歩きます。今回は他の登山者が周りに全くいなかったので鈴を鳴らして手を叩いて人間の存在をアピールしながら進みました。

白沢清水の辺りではオオシラビソの立ち並ぶ鬱蒼とした森の中を進みます。紅葉鮮やかな景色から一転、緑色の落ち着いた風景が続きます。日を浴びて輝く白い幹が渋いです。

長い長い木道を抜けて高度を上げていくと笹藪が少しずつ低くなってきて、ようやく視界が開けました。森の中は緑色に溢れていたので真っ赤な紅葉に癒されます。

ササに覆われたモコモコの山肌がメルヘンチックな風景です。

その実、えぐれた土とササの根ばかりで全然可愛くない道がずっと続いています。

進むにつれて樹木が減ってきて視界がササの緑色に埋め尽くされていきます。

ササ原を抜けて池ノ岳のピークが目の前に。湿原はもうすぐです。

足場が狭めの岩場を登ります。

左手には平ヶ岳の雄大な山容がハッキリと見渡せます。森の緑と湿原の橙色、ダケカンバの黄色が山肌に独特の模様を描きだしています。赤黄緑のカラフルな台倉山とは違ってシックな佇まいで主峰の貫禄を漂わせているようでした。

樹林帯を進み湿原へ。ここまで来たらラストスパートです。
草紅葉揺れる山頂湿原をゆく

いよいよ池ノ岳の山頂湿原に到着。森を抜けた先に広がる見渡す限りの大湿原にしばらく荷物を下ろすのも忘れて見惚れていました。

北西方面に見えるのは広大な湿原と青空のみ。世界の果てに来たかのような静かで綺麗な風景でした。


遅出が幸いして山頂はずっと貸切だったのでしばらく色々な角度で写真を撮りながら池ノ岳の景色を堪能しました。

いよいよ南の平ヶ岳へ向かいます。湿原に伸びる木道と平ヶ岳。ここまでの長い道のりを象徴するような雄大な景色です。

池ノ岳と平ヶ岳の鞍部に続く道には水が流れ込んでいて川のようになっていました。

鞍部にも湿原が広がっています。木道を境に緑と黄色に分かれる不思議な景色です。

鞍部を過ぎて森の中を登り返していきます。こちらも場所によっては水が流れています。

森を抜けた先に平ヶ岳の広大な湿原が姿を現しました。

風もなく人も居ない湿原を見渡していると止まった時の中に佇んでいるような妙に落ち着いた気持ちになります。

木道の脇に平ヶ岳の三角点があります。

森に囲まれた山頂標です。意味ありげに囲われているとセーブポイントみたいに見えてきます。しかし触っても何も起こりませんでした。

道はもう少し南に続いているようです。

しばらく進むと湿原のど真ん中に鉄柱が現れました。

その正体は積雪深計でした。カラスが計器の周りを歩き回って何が啄んでいます。人にとっては遠い深山でもカラスにとっては行動圏内なんですね。向こうに聳える山は至仏山、燧ヶ岳と対になる尾瀬の名山です。

「この先通行止」ということで木道はここまでです。ここが新潟と群馬の県境なのかなと思ったら標柱の手前に県境が通っているのでこの柱は新潟県と書いてあるものの群馬県側に立っているようです。山の上では境界なんて曖昧なものです。

北西方面にも視界が開けていて越後の山々を一望できます。真ん中に立つのが中ノ岳、その右には越後駒ヶ岳が並んでいます。左に八海山も見えるはずなのですが今回は雲の向こうでした。雲が無ければ越後三山を一挙に見渡せるようです。
平ヶ岳の夕景に見送られて

時間が押しているのでパンを咥えながら来た道を戻っていきます。曲がり角から熊が突っ込んで来ませんように。

平ヶ岳から見る池ノ岳はだいぶなだらかな山容です。平ヶ岳より平たいようにも見えます。

池ノ岳に戻ってきました。手を振るようにユラユラ揺れるスゲの草に後ろ髪を引かれてつい池塘を眺めてしまいます。

帰り道から見下ろす紅葉もまた絶景です。

樺の黄葉がササ原に輝いています。

登りではキツかった池ノ岳東面のササ薮も下りでは見事な展望です。必然的にピストンコースになる山ですが風景の変化があるので復路も楽しく歩けました。

ササ薮を抜けるとスリッピーな木道歩きの始まりです。長い上に気が抜けない精神的負担の大きい道のりです。


写真を撮る間もなく駆け抜けて台倉清水を通過して台倉山へ。ここからまた紅葉に染まる山並みが見えてきます。

夕方になり日が傾いてきて山の色が深まったような気がします。

尾根筋はまだ紅葉の途中、緑と黄のモザイク画のようです。

紅葉の山肌を横切る登山道。樹種が入り乱れて複雑な色合いを見せるのが平ヶ岳の紅葉の魅力です。

下台倉山を過ぎていよいよ尾根筋の下りです。登りは無心で足を運ぶだけでしたが、足場が悪いので下りこそ注意が必要です。

山影から照らし込む夕日が綺麗でした。

谷筋が影の中に吸い込まれて尾根が浮かび上がる夕方の風景も良いものです。

のんびり景色を眺めていると辺りが次第に暗くなって焦ってます。登山口が東側にあるので日没の時間よりかなり早く登山道が暗くなるのでした。

稜線の影を追うように歩くので振り返ると日没を何回も見ることができます。

ヤセ尾根の終盤まで来ました。完全に山の影に入ったので登山口へ急ぎます。


薄暗い山を駆け下ります。薄暮の山は異様なほど静かで緊張感がありました。

無事に鷹ノ巣まで戻ってきました。
あとがき
福島県に住んでいてもやっぱり遠い平ヶ岳ですが、紅葉見晴らすヤセ尾根歩きに始まって長い登りを越えた先に広がる草紅葉の山頂湿原まで、清々しい秋空の下で色とりどりの景色を楽しめました。この日は平日という事もあってすれ違った方は二人だけ。誰もいない湿原にただ一人立ち延々と山が連なる風景を眺めていると世界の果てまで来たような気分になり、まさしく秘境平ヶ岳の魅力を全身で味わえたのではないかと思います。どこに行っても人の多い紅葉シーズンですが思い切って平ヶ岳まで足を延ばしてみてはいかがでしょうか。
公式サイト
高頭仁兵衛 著「平ヶ岳登攀記」,青空文庫, 2010. 底本:「山の旅 明治・大正篇」岩波書店, 2003. 初出:『山岳 一〇の三』,1916
角田吉夫 著『上越国境』,大村書店,1931.
中村謙 著『ふるさとの山 : 上信越国境を歩む』,富士波出版社,1969.
林将之 著(2020)『山渓ハンディ図鑑14増補改訂樹木の葉実物スキャンで見分ける1300種類』山と渓谷社
